SMILE DAYS

~ 仕事と2人の息子の育児をしながら楽しい人生を目指すシンママのブログ ~

自己紹介 〜今までの歩み〜

初めましての方も、そうでない方も(о´∀`о)

 

どうも、このブログを書いているSMILE-NAOです。

自分の人生振り返りも兼ねて、自己紹介記事を書いてみました!

振り返ると、なんだか色々あったなぁ~黒い部分もあるなぁ~とも思ってしまいましたが、こんな人ですよって知ってもらえると嬉しいですね。

 

誕生

1981年11月京都。

3兄姉の末っ子として生まれます。

家族は、お父さん、お母さん、父方のおじいちゃん、おばあちゃん、そして7つ上の兄と3つ上の姉。

 

家が田舎の農家ということもあり、家の前には小川が流れ、裏にはニワトリ小屋。

朝になればニワトリが産んだ温かい卵を取りに行き、卵を産まなくなったニワトリは食卓に出てくる、そんな暮らしでした。

 

幼少期 

正直、小さい頃の記憶はあまりありません。

物心ついた時から、両親は不仲で喧嘩の毎日。特に父の母に対する態度、暴言、暴力がひどかった。

あったのかもしれないけれど、家族みんなで出かけた記憶も特に無く。

 

小さな3兄姉では、父を止められなかった。

喧嘩を止めに入ったおじいちゃんの入れ歯が飛んできたのだけは強烈に覚えています(笑)

 

それでもなんだかんだと小学校高学年までは一緒に住む生活。

喧嘩が途絶えることはありませんでした。

でも末っ子パワーは全開で、可愛がられていた方だと思います。特におばあちゃんが可愛がってくれました。

 

小学校時代(前半)

 小学校までは徒歩で、峠を1つ越えなければいけないという距離。

1時間以上歩いてたんじゃないかな?

 

通学路からほど近い場所に野生の猿がいたり、イノシシがいたり、とにかく自然いっぱい!

下校途中に柿の木に登って柿を取ったり、アケビやイチジクを、イタドリを食べ歩く毎日。

途中で見つけたモグラの亡骸を持ち帰り、家の裏庭にお墓を大量に作ったりする子でした。(かまぼこ板で「もぐおの墓」「もぐこの墓」と墓標を作る)…病んでた?

お兄ちゃんたちと一緒に、低学年から新聞配達のお手伝いをすることも。

 

そんな田舎だったので通っていた小学校は人数も少なく1学年1クラス。

クラス替えもなくていつもメンバーは同じでした。

近くに住む女友達は自分を入れて3人。遊ぶ顔ぶれも同じでしたが、やはり仲間はずれとかは出てくるので、1人で遊ぶことも多かったです。

兄とマンガやゲームで一緒に遊んでいたので、この頃に趣味が男子っぽくなったのかな?w

 

クラスでもイジメのような事はあり、される人間が入れ替わりローテーション。ちょうど自分の番になっていた頃です。

父と母が離婚することになり、引越しのために転校することに。

 

特に悲しいと思うこともなく、小学5年生になる前に転校しました。

「あぁ、やっと抜け出せる」そんな思いが強かった気がします。

 

小学校時代(後半)

 新しい学校、新しいクラス(3クラスあり)新しい友達。

転校生というドラマのような経験が出来たことが楽しかったですね。当時は片親であることは珍しかったんですが、それがまた他の人と違うんだと自分の中では特別なこととして受け入れていました。

 

この頃に今でも仲良くしてる友達が出来たり、恋したりと楽しかったです。

絵を描くのが好きな友達と、当時流行っていたドラクエの4コマ漫画本に投稿したりもしていました。

その当時の原稿が今でも残っていて、久しぶりにみると楽しいのなんのwww

紙粘土でキャラクター作ったり、この頃から手先は器用だったなぁ~。

 

引越し先では母、兄、姉と4人暮らし。引越し当初は何もなく、アルミホイルをお皿にしてパンを食べたことを思い出します。それでも、楽しかった。

一度、父が窓を割って血だらけで入って来た覚えが。警察も来ていたなぁwwwこわっ。

 

中学校時代

 中学校に入ることで、転校前の友達と顔を合わせることになりましたが、特に気になりませんでした。

この頃に体育祭のシンボルリーダーをしたり、少しずつ表立った事をするようになります。

でも、「大人しい」「まじめ」そんな感じの子。

中学校の頃の思い出もあまりない←

 

クラブは美術部に入っていましたが途中で陸上部へ。短距離走をしてました。何この変動w

好きな人と初めてお付き合いしたけど、純愛過ぎて破たん。甘酸っぱいね。 

 

実父とは、母には言わずにたまに会っていました。

野菜の配達の手伝いをしたり、伝票入力を手伝ったり。

母は父を嫌っていましたが、私たちにとって父であることに変わりなく。優しかったですしね。

 

今では父はすっかり気弱になり、鬱にもなり、でも良い伴侶を見つけて幸せそうです。

たまに遊びにも行きますが、私は今のお父さんが大好きです。 

 

 

高校時代

 勉強が嫌いでした。受験勉強がしたくなかったので、高校も推薦で行ける所へ。

情報系の課に進んだので、ここで毎日タイピング練習。今のタッチタイピング技術はここで頑張ったおかげです!

 

そこで、運命の友達と出会います。

その子は、言動が直球。想った事をオブラートに包まずになんでも言うタイプ。

自分にない部分を持っているその子にとても惹かれて、仲良くなりました。

 

それから、よく遊ぶようになり、にぎやかなグループに入る事で自分の性格にも変化が。

あまり、良い方向とは言えませんが、一緒になって授業をさぼったり、原付免許を取りに行ったり、ラーメン屋さんでバイトしたり(笑)

結構好きなことしていましたね。

母は夜勤のある仕事をしていたので、すれ違いも多く、それこそ一緒に出かけたりした記憶が無いです。

母一人、子ども3人を育てるには仕方のない事ですね。

(そのおかげで、兄は専門学校、姉は大学、私は短大を卒業しました)

 

姉は、優等生タイプ。成績も、人当たりも良く、教師を目指していた事もあり、私が通う高校に教育実習生として来た事も。

そんな頃、私はヤンチャの真っ最中(笑)ちょっと反発心があったのかなぁ。

文化祭の演劇で主演をしたり、原付(ZX←ゼッペケだぞ!)で走りに行ったり、反省文を書かされたり。。。(笑)

反省文があまりに素晴らしかった(?)ので、生活指導の先生に賞賛されると言う偉業を成し遂げる。

うん、文章を書くのはこの頃から好きでした。えっ違う?(笑)

(追記)↑この説明のせいで会う人には元ヤン?と言われるようになってしまったぁぁぁ。

 

そしてモテ期到来!!←

好きだった柔道部の先輩を追いかけて、カラオケに一緒に行ったのは楽しかったなぁ。でも恋は実らず。 先輩がSPARKを歌ったので、イエモンが好きになりました。

 

遊んでばかりでしたが、それでも短大に進むときも推薦してもらえるところに行きました。基本的なことはできる子。

受験勉強から逃げ続けた結果、今でも数字には弱いですけどねw

 

19歳位の時、同級生の男の子と遊んだときに一緒にいた7つ上の先輩と仲良くなり付き合うことに。(のちの最初の旦那)

思えば苦労はこの頃から始まっていたのかな。

 

短大時代

 数字に弱いくせに、経済短期大学へ。

この頃は、黙っていると周りからはちょっと怖そうと思われていたらしいです。でも言いたいことは言ったりして、同性からは、カッコいいとも言われちゃった(笑)

 

家からは峠をこえて毎日原付で通う日々。この頃からスマイルグッズを収集し始めました。

集めに集めたグッズがもったいなくて使えない為、全て写真を撮ってHPに掲載。

掲示板なども作って友達もできて楽しかったですね。グッズは1,500個を超えてましたw

 

付き合っていた元旦那はリーダータイプ。大柄で、力も強く、仲間うちではボス的存在でした。

赤のZ32に乗っていて、駅前でUターンするのにドリフトするような人。

そして、束縛がひどかった。

私は友達と出掛けることも出来ず、でも、離れることも出来なかった。ちょいワルが好きだったのかな。

 

20歳代~

短大卒業後の20歳。現在も働いている会社に就職。もう15年以上になります。

機械系、パソコンが好きだったので関連の職に就きました。

京都市内通勤の為、元旦那と同棲し、22歳の時に結婚。その2年後に上の子を出産。産休育休を取得。

 

結婚後から、また束縛がひどくなり、暴力も振るわれるようになりました。

物を壊す、殴る。体格が大きいので力では敵うはずもなく。

お酒を飲み、お金を借りて行き、暴力を振るう。最低じゃないかwww

 

ひどい時には作った料理を食べる前に投げて部屋中に撒き散らしたり、お風呂のお湯を部屋にぶちまけたり、部屋の電気を引きちぎって投げ、部屋中ガラスの破片だらけ。

暴言を怒鳴り散らされ続けた結果、そういう事には慣れてしまいました。怖いと思わず、無になるという技を身につけたのです(良くない)

 

一緒にいる約7年間、とうとう誕生日を覚えてもらえることもなく、当日も友達と飲みに行っている旦那。「今日は私の誕生日だよ」ともう言うこともなくなりました。

これが「諦め」というものですね。

なので、今はそういう記念日とかすごい大事にするし、祝われると嬉しい(^^

 

「自分さえ我慢すればいい」そんな毎日。

きっと楽しい時もあったと思う。でも今は思い出せない。

物を壊した後、暴力をふるった後には謝ってくる旦那。典型的なDV男ですね(笑)

 

顔にアザを作り、隠すためにマスクをして出勤。

無気力、何も楽しくない。でも、誰かに尽くすことで、自分の存在を維持していました。

 

小さなわが子にまで被害が及ぼうとした時。

母に「もどっておいでよ」と言ってもらえたので、別れる決意をしました。

実家に戻る為に。25歳で自動車学校に通って免許取得。着実に準備をする。

別れると決めてから、特にもめることもなく、すんなり行った方だと思います。

 

幸せな家庭像なんて持っていない自分。

幸せって何?家族って何?

自分の父親のような人(暴力をふるう)は嫌だと思いつつ、同じような人を選んでいたのですね。まぁ、今更ですわ~。

 

元旦那を恨んだりはしていません。今でも連絡を取ることもあります。

許す、許さないとかどうでもいいんです。恨むことは、相手にエネルギーを使うこと。そんなのもったいないから。過ぎ去ったことは気にしない。コレイチバンネ。

あと、養育費なんてあてにしないこと!(笑)

 

一番しんどかった時期

わが子は保育所に行っていたのですが、実家近くの保育所には空きがなく、空きが出るまでの3か月間程は実家から京都市内の保育所にわが子を送る日々を繰り返しました。

通勤電車に2歳児と一緒に乗り、乗り継ぎ、約1時間以上かけて保育所へ。

 

駅から自転車で保育所まで送り届けて、また駅へ戻り乗り継いで会社へ通勤する日々。この時期が一番大変でした。ほんと、よくやった。自分を褒めたい!

帰りの電車でも、ぐずるわが子にサラリーマンから舌打ちされて真っ暗な嵯峨嵐山駅で降りて、涙したことも。でもその時子どもと見た星が綺麗だったな。

 

我が子がいたから頑張れた。

 

とにかく、全部ひとりでやった。できると分かったから。

この頃から、自分ひとりでなんでもやることが増えた。いいのか?悪いのか?(苦笑)

 

子どもがいる状態で、恋愛もしました。かなり遠距離だったけれど。

その人と再婚も考えたりしましたが、相手は初婚だったので結局うまくいかず。

あぁ、次結婚を考えるなら子どもに理解がある人じゃないとダメだーと痛感。

 

第2のモテ期が来たけれど、まぁ、これといって、良い出会いもなく。

 

29歳。そんな時に2人目の旦那と出会う。

相手もバツイチで子どもいた人だったので、打ち解けるのに時間はかかりませんでした。正直、強い人はコリゴリだったので優しい人がいいと思っていました。

まぁ、そこもちょっと甘かった。

 

30歳代~

あれよと言う間に結婚し、一戸建ての家を購入。31歳の頃、下の子を出産。2回目の育休を取得し、その後仕事も復帰。

もともと精神的な病を持っていたらしい旦那は、転職を繰り返し、一週間でクビになるなんてことも。あはは。

 

これは自分がまた頑張らねばと、家事も育児も仕事も、全てをこなす日々。

それ以外に小学校関連の役員(会長)をすることになり、4年間続けました。

人に頼られることがうれしい。進んで何か行動することが楽しい事に気づく。

 

誰かに認められたいという思いが人一倍強いように思います。

役に立てば、自分の存在が意味をなす。

「ここに私はいてもいいんだね」

 

父にも、母にも甘えられず。強くあらねばと自分を作り上げた。

その結果が今なのですが…自分の事は好きですよ(笑)

 

持ち前のポジティブ思考で元旦那を支え続けたのが良かったのか、相手も落ち着いてはいますが、不安定になることも。そして、ずっと通う精神科。

そんなときのマイナスオーラが強すぎて、前向きなはずの私まで巻き込まれることが増えてきました。あと、ここでまた束縛←

 

息苦しい。窮屈。苦痛。

やりたいことはあるのに、できない。させてもらえない。またかよ!とw

 

わたしは…な ん な の?

 

 

35歳代~

 二度目の離婚www

 

(2019年2月追記)

しばらく、家庭内別居が続きました。

元旦那は2階の自室で過ごす日々。仕事にも行ったり、行かなかったり。

自室に新しくテレビを買い、新しいゲーム機を買い、引きこもっていました。

 

こちらは変わらず仕事・家事・子育てを両立させるべく必死に頑張りました。

そんな状態でも夫婦生活を強要された時、あ、無理だと。

 

2度目の離婚も、特にもめることなくスムーズに進みました。

養育費の話は一切出ず、子どもと会うという話のカケラも出てきませんでした。

うん、その方がいい!

 

持ち家は共有名義だった為、ローンを分担して払う事に。と、同時に売りに出す。

売れるまでは私たちが住む事、ローンの支払額も収入に応じて考慮してくれたので、

それはとても助かりました。

 

解放された日。自由になれた日。

何もかもが素晴らしく見えた。これから自分でやっていくんだ!という気持ちとともに。

 

36歳代~

20歳で就職した会社での仕事に苦痛を感じ、退職を考える日々。(もう17年勤務)

仕事の内容や、自身に対する社員の態度・待遇に疑問を抱えていました。

 

自分より後に入社した人も、中途採用の為に年齢が上。

その為に私はいつまでたっても一番下っ端扱いでした。

 

上司との面談の際にも「会社に迷惑をかけない働き方ができるか」と詰め寄られ

「子どもの体調不良(発熱など)は事前に把握するように」とのお達しが。

それ、できるなら一番やりたいですwww

既婚者で子どものいる女性社員が他にいない事もあり、相談もできず。

 

コンビニへの買い物(お菓子)、はたまたクリーニング受け取りなど。

忙しく業務をしていてもお構いなしに、私的なことを頼まれる。

 

そんな中、社員旅行が海外に決定。

子どもたちの学校や、頼める人がいないので私はお断わりしました。

 

留守中の数日間の電話サポートを引き受け、会社にかかってくる電話を一人で対応。

 

社員旅行から戻ってきた方々から、お礼の言葉などはありませんでした。

物が欲しいとか、お土産欲しいとか、そうじゃない。

これ以上、ここにいてはいけないと心に決めた。

 

静かに、そう、静かに私は水面下で行動し始めたのです。

 

夏頃に決心してからはスムーズでした。

自分の中でのシナリオは出来上がっていたので、それを進めるだけ。

ただ、着実に。

 

次の仕事は決まっていなかったけど、たまたま見つけた在宅の求人に、

「あ、自分はこれが出来るようになる」という自信だけがありました。

 

1~2ヶ月の休職を経て退職。

地獄からの脱出!仕事を辞めるなんて、数年前の自分からは考えられなかった。

ここからはもういい事しか起こらないと解放感でいっぱいでした。

 

37歳代~

以前見かけていた在宅の求人に応募し、自宅でのオンライン面接やテストを経て合格。

貸与されたPC2台を使って、これまた自宅で1ヶ月びっしり研修。

久しぶりに勉強した気分w

そして、2018年12月には在宅のMicrosoftセットアップオペレーターとしてデビューしました。

 

もともとPC触るのは好きだし、人と話すのも好きだし。自宅で出来るし。

最高かな!?

 

心配だったのは給与面。でも、やればやるだけ報酬につながり、12月分の委託料は

会社勤めだった時の手取りとほぼ変わらず!いや、少し上かもw

 

平行で実施していたココナラでのタイピング依頼も順調で、併せると収入は以前の倍にもなりました。

2019年1月25日(いーニコの日)を開業日として届を提出。晴れて個人事業主!

 

タイピングも検定を受験して1級を取得。

寒い冬も家の中で仕事して、自分の都合で時間配分して、収入も調整できる。

 

家事も余裕をもって出来るので、イライラやストレスは激減し、

子どもたちとの時間も増えました。もちろん、笑顔でいる時間も。

 

ほんと、幸せな事しかない!

 

 

そして、これから

とにかく、楽しいことをし続けたい。

これが一番です。

 

 

今更とか思わずに、「今出来ることをする」その結果が確実に結びついています。

種まきしなきゃ、実のらない。

 

思い返すと過去がひどいとか思うけど、それを乗り越えてこれたから今の自分がいる。

 

前向き。明るい。一緒にいて楽しい。

 

人からはそう言われます。そうありたいと自分でも思うから。

だって人生一度きりでしょ?

 

ずっと今のまま我慢し続けるの?それで楽しいの?

悩みもいっぱい。でも、過ぎ去ればそれは取るに足らない悩みだったと思えます。

 

一年前の悩み事、あなたは覚えていますか?

 

悲しい時、落ち込むことももちろんあるけれど、復活が早いのが取り柄です。

男運が悪いという人もいるけれど、選んでいるのは結局自分なのでそうは思いません。

 

大事にしたいのは、「自分が今、どうしたいか」

その想いを大切にして、支えてくれる人、応援してくれる人も大事にしたい。

同じ悩みを持っている人、何かに悩んでいる人の力になりたい。

 

 

私の人生は、まだまだこれからです。

明日何が起こるかわからないなら、今を精一杯生きよう。楽しいことしよう。

 

ブログの内容は、前向きなことを綴っています。

それで誰かの心も楽しく、明るくなるのなら、私がいる意味もあるんじゃないかと。

 

なんか暗くて重い内容が多い気がしましたが、今の自分の根本を知って欲しいし、こんなことあっても、人ってすごいポジティブになれるんだよ、と(笑)

参考になるかな?w

 

過去じゃなくて「今」そして「これから」

この記事がまた更新される時、きっともっと自分は成長しているはずですから!

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 いつも笑顔で!SMILE Days!

 

2019年2月1日更新

SMILE-NAO